文章力は人生を支えるスキル

 私の人生を支えているスキルは、文章力と実行力だと思う。中でも、文章力にはよく助けられている。達人ではないけど、書く作業を楽しめるだけの文章力はある。この文章力のおかげで、論文をしっかり書けるし、申請書の説得力が高いし、本を書いたりエッセイを発表したりもできる。何より、こうやって楽しくブログが書ける。

 大学生のうちに身に着けておくべきスキルをひとつあげるなら、文句なく文章力だ。英会話力やプログラミングのスキルもおすすめだが、これらはいつも役立つわけではない。一方で、文章力は、日常生活と仕事のあらゆる場面で役立つ。こんなに役立つスキルは他にないので、大学生にはぜひ文章力を磨いてほしい。しかし、残念ながらほとんどの大学で文章力についての講義や演習がない。文章力についての良いテキストもほとんどない。そこで、文章力についてわかりやすく学べるテキストを書いてみたいと考えている。

 ただし、文章力はスキルなので、テキストを読んだだけでは、身に付かない。楽器やスポーツや英会話の場合と同様に、何度も繰り返し練習して、文章の書き方を体で覚える必要がある。その練習は、できるだけ楽しくやりたい。

 文章を書く練習を楽しくするには、表現する喜びを経験するほうがが良い。理科系の作文には論理性があれば表現力は要らない、という主張があるが、私はこの主張には賛成できない。論理的にきっちりした文章を書くことより、読者の心を動かす表現を工夫する方が、多くの人にとっては楽しいだろう。そもそも論理性と表現力は対立するものではないので、両立させればよいだけだ。「熱帯雨林には非常に多くの樹木の種が共存している」と書くよりも、「熱帯雨林には、わずか500m2の面積に、500種を超える樹木がひしめきあっている場合がある」と書く方が、読者の興味を引けるだろう。

 文章力を磨くには、ブログや日記を書いて、それを友人に読んでもらうのが近道だ。「ブログ読んだよ、面白かった」と言われれば、「よし、もっと面白いブログを書こう」という気になるし、「うーん、今回のブログはちょっと上から目線だね」と言われれば、「そうか、次からもっと読者目線の文章を書こう」と反省する。こうやって工夫を繰り返し、書く経験をたくさん積むことが、文章力を磨く王道だ。

 ブログや日記の題材には、読書メモ(簡単な書評)、映画鑑賞メモ(簡単な映画評)、旅行記、などをおすすめする。これらの題材について書くときには、まず本の内容、映画のあらすじ、旅行の顛末を要約しよう(映画の場合には、ネタバレありと断ろう)。この「要約」というプロセスが、文章力を磨くとても良いトレーニングになる。たくさんの内容の中から、自分が大事だと思うところを選び出し、背景事情の紹介を加えて、短い文章でわかりやすく説明する作業を繰り返せば、文章力は確実に身につく。

 この「要約」に続いて、あなたの感想やコメントを書こう。最初は、「すごく感動的な映画だから、ぜひ見て!」という短い感想でもいい。すぐに、この表現では読者にどこが感動的か伝わらないことに気づくだろう。どこがどう感動的かをよく考えて、それを読者に対して説明する作業が必要だ。

<第二章レッスン1のタイトルは、「論点とは何か?」。そして最初の文章で、「論点とは文章を貫く問いだ」、という答えがズバリと書かれています。バッターボックスに立ったとたんに、豪速球が目の前を通り過ぎて、ミットにズバッと収まった感じ。>(書評『伝わる・揺さぶる!文章を書く』より

このように、「たとえ」を使うのが、感想を表現するひとつの方法だ。

 一方、「コメント」を書くには、「自分インタビュー」という方法が有効だ(山田ズーニー著『伝わる・揺さぶる!文章を書く』)。「自分インタビュー」とは、要約した内容についての質問を考え、その質問に自分で答えてみることだ。

<ミラクルな指導のエッセンス、それは「自分で問いをつくって、自分にインタビューしてほしい」とアドバイスしたこと。え、それだけ? もちろん、これだけではありません。このひとことアドバイスにたどりつくまでの、著者の努力と熟慮、そのリアリティはここでは伝えきれません。ぜひ本を読んでください。>

 一文目が、私が最初に書いた「要約」文だ。この要約に対して、「それだけ?」と自問してみた。そして、この要約で漏れている重要なポイントは、「リアリティ」だという答えにたどりついた。そこで、次の段落でこう書いた。

<短い言葉にリアリティを与えるストーリー。このストーリーを「リアルに語る力」が、文章力のもうひとつの要。>

 これは、山田ズーニーさんの主張ではなく、私がズーニーさんの本を読んで考えたこと、つまり「コメント」だ。感想とコメントは違う。コメントとは、要約した内容についての「自分インタビュー」から生まれた、自分の考えのことだ。

 書評や映画評が面白いのは、評者独自のコメント、つまり考えが書かれているからだ。良いコメントには「そうかこういう見方があったのか」という驚きがある。その驚きが大きい書評・映画評ほど面白い。実は、科学論文でも「そうかこういう見方があったのか」という驚きが強いほど、より魅力的だ。もちろん、その見方には説得力が要る。

 「要約」→「コメント」という構成は、授業レポートのスタンダードだ。授業レポートでは、まず「要約」すなわち「授業で学んだことの簡単なまとめ」を書いてほしい。そのうえで、感想ではなくコメントを書くのがよい。「マルハナバチの写真がすごく可愛かった。自分でも探してみようと思います。」などと書かれても、教官はちっとも共感できない。「それだけ?」とがっかりするのだ。ぜひ、「自分インタビュー」をして、「コメント」を書いてほしい。

 このような「要約」と「コメント」を日常的に書けるようになれば、あなたの生活はずっとクリエイティブで楽しいものになる。たとえば一週間のあなたの生活を「要約」し、それに「コメント」をしてプレゼンができるようになれば、あなたの平凡な毎日は、ちょっとしたドラマに変わるだろう。

 実際に私は、書くという行為を通じて自分の毎日を見つめなおし、デザインしたり脚色したりしている。たとえば毎月1日にその月の優先課題をFacebook非公開ページに書いているが、この作業はその月のシナリオを書いているようなものだ。そして、そのシナリオの役者として、毎日の生活を演じている。これが、私の実行力の秘訣だ。

 文章力は人生を幸せにするスキルだ。ちょっと大げさではあるが、これは私の偽らざる本音である。