もがいてもがいて古生物学者

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夢を追い続ける人には幸運の女神が微笑んで奇跡を運んできてくれる。そんな物語に出会った。ただし、実話である。

 

本書は、恐竜にあこがれた少女が研究者を志し、もがいて、もがいて、ついに夢をかなえるまでの自叙伝だ。読み始めると途中でやめられず、一気に読んだ。

 

著者が恐竜を研究する古生物学者の存在を知って憧れをいだいたのは小学校5年のときだという。あの『ジュラシックパーク』で、女性古生物学者トリケラトプスのうんちに手をつっこむシーンを見て、強く心を揺さぶられたそうだ。

 

「いつか、こんな仕事をしてみたい。恐竜への秘めた思いが、私のなかで膨らんでいった。」

 

うんちに心を揺さぶられて恐竜への夢を心に秘めた少女は、「恐竜のために勉強するぞ」と一念発起するものの、苦手の数学の壁にはばまれて心が折れそうになった。自分の気持ちがどこまで本気なのか、それを見極めるために、高校生になった少女は上野の科学博物館に向かった。

 

「大恐竜展」を見て、ゴンドワナ大陸という未知の世界に再び心を揺さぶられた少女は、科博の冨田幸光先生に手紙を書いた。なんどもなんども書き直した手紙を送ると、ファクシミリで返事が来た。「私は間もなくアメリカに行きますが、10月7日から出勤します。それ以降に電話してみてください。」

 

冨田先生に薦められた早稲田大学に奇跡的に補欠で合格した著者が、アメリカの大学院に留学し、スミソニアン博物館でのポスドク職を射止め、ついに憧れだった科博の地学研究部に職を得るまでの物語は、まるで映画のようだ。

 

著者が歩んだ道を履歴書で見れば、輝かしい経歴だ。しかし、その道はスリルの連続であり、自分の将来に自信が持てないときが何度も訪れた。そのたびに彼女は自分を試す目標を設定し、その目標がクリアできたら次に進もうと考えた。そして目標をすべてクリアできたから、いまの彼女がある。

 

「もがいて、もがいて、古生物学者!!」というタイトルには、著者の万感の思いが込められているのだと思う。

 

わかるなぁ、その気持ち。自分が何ものなのか、自分に何ができるのか、若いときにはわからないもの。学会に出れば、みんな優秀に見える。自分に研究者としての将来があるのだろうか。そう不安になる。それでも、研究がしたい。研究の目標を設定して、それがクリアできなければあきらめよう。そう思って目標に挑み続けているうちに、いつのまにか、自分が歩いた道ができてしまった。

 

そんな研究者の一途な歩みを、著者は軽やかな語り口で、でもたっぷりと思いを込めて綴っている。読み進むと、若いころの著者に「がんばれ~」と声援を送りたくなる。これだけ思いを伝えるのがうまい研究者はめったにいない。きっと、小・中学生だったころの自分をよく覚えていて、そのころの気持ちに思いをはせながら、小・中学生に語りかけるように書いたのだろう。私は福岡市科学館のダーウィンコース・ニュートンコースで、将来科学者をめざす小学校4~6年生を教えているが、彼ら・彼女らにぜひ紹介しよう。

 

著者は研究者に必要な能力として、「学力」「発想力」「プレゼン力」をあげているが、何よりも必要なのは夢を追い続ける力だということが、本書を読めばいやでもわかる。あえてそれを言わずに、「学力」「発想力」「プレゼン力」という頑張れば身に付きそうな能力をあげているところが、著者らしいと思う。ずっと遠くにある抽象的な目標ではなく、実現できそうな目標を掲げて、それをひとつひとつ実現していくことが、実は夢をかなえる近道なのだ。

 

2022年の最初の日に、とても素敵な本に出合えた。著者とは面識がないが、実は昨年オンラインの集まりで会っている。今年はきっと、どこかで会えそうな気がする。