文章が苦手な大学生に読んでほしいレポート

大学教員を長年つとめて残念に思うのは、多くの大学生のレポートが雑なことです。

マルハナバチの写真がかわいかったです。キャンパス内にいるそうなので、探してみたいと思います。」

あのね、感想文を書いてほしいんじゃないんだよ。講義で学んだことに、コメントを書いてほしいわけ。コメントと感想は違うんです。コメントとはね・・・。

という説明を毎年やっています。

今日は、私がまだ一年生の教育に時間を割く余裕があった時代の成果を紹介します。

「九大新キャンパスにおける森林と水辺の生物の保全」という全学共通ゼミで、レポートのドラフトを、受講生に改訂を重ねてもらいました。そのゼミのレポートが、いまでも私のウェブページに掲載されています。

http://seibutsu.biology.kyushu-u.ac.jp/~ecology/yahara/NewCampusSeminar.html

2001年度のトップに掲載されている新田梢さんのレポートから、「はじめに」を引用します。

<遠くからはこんもりと緑色にしか見えない森林も、一歩足を踏み入れるとそこはわくわくする別世界である。ちょっと腰を低くして地面に目をやると、落ち葉の上を虫が歩いているし、ドングリなどの木の実やキノコをみつけてうれしくなる。森林には、樹木・林床植物・小動物・鳥・昆虫・土壌中の微生物など、実に多くの生物が暮らしており、しかもこれらの生物の間には、食べるー食べられる、受粉や種子散布を助ける、落ち葉を分解して栄養素を作る、などさまざまな関係がある。これらの生き物たちの四季による変化も私たちを楽しませてくれる。森林は多様性そのものである。

日本は多様な森林をもつ国である。日本列島は南北に細長く、山国であり、雨量が多い。、このような気候や地形の違いを反映して、実に様々な森林が見られる。また、昔から人がどのように利用してきたかによっても、森林の性質は違うものになる。九大移転地周辺の森林は、常緑広葉樹林・落葉広葉樹林・スギやヒノキ植林などであり、いわゆる里山に特徴的な森林である。それは、人々の生活に必要な薪や食料の確保だけでなく、糸島地域の保水や土砂流出防止などに役立ってきた森林であると思う。また、田畑や草地、川、海といったこの地域の自然とセットで多くの生物を育んできただろう。

しかし、近年これらの森林は減り続けている。最近、森林は二酸化炭素の吸収源、貯蔵庫として注目を集め、特に熱帯林の減少は地球温暖化を加速させていると考えられている。しかし、森林減少は熱帯林のみの問題ではないのだ。日本においても、都市に隣接する里山の森林は、都市開発の拡大とともに、減少し続けてきた。このような森林減少のため、絶滅の危機に瀕している生物は少なくない。九大移転予定地でもこのような問題は例外ではなく、造成工事は森林の消失をともない、種の絶滅をもたらしかねない。多様な役割をもつ森林を失うことは深刻な問題であり、何らかの対策が必要とされる。

そこで、九大の保全事業の目標の一つに挙げられたのが、「森林面積を減らさない」ことである。造成によって森林面積が一時的に減少することは避けられない。計画では用地内の32%を占めている森林(広葉樹林、針葉樹植林)の面積は14%に減少する(生物多様性保全ゾーン整備基本計画)。この代償措置として、造成法面や果樹園跡地などに、樹木や苗木を移植し、森林面積を回復させる取り組みが行なわれている。しかし、ただ木を植え、森林面積を確保すれば良いと言う訳ではない。種の多様性の保全と言う点から、以前より質の良い森林の復元が必要である。ここでは、九大の保全事業で行われている三つの移植の現状を紹介し、移植地の林床回復について、課題と具体的な対策を考えようと思う。>

読みやすく、新田さんの森林への思いや理解、問題意識がよく伝わる文章です。段落構成・論理もしっかりしており、最後にはこのレポートでとりあげる課題が明快に提示されています。その他のレポートも、力作揃いなので、ぜひご一読ください。

実はいま、大学一年生向けに「レポートの書き方」を教えるわかりやすいテキストを構想中です。この本では、まず新田さんらのレポートを紹介して、大学一年生に「こんなレポートを書けるようになりたい」という目標を示したいと思います。

「レポートの書き方」については、たくさん本が出ています。またいくつかの大学のウェブサイトに、一年生向けのテキストが置かれています。しかし残念ながら、大学一年生に推めたいと思えるテキストがないのです。何よりもまず、学生が書いた良いレポートの例がないので、どんなレポートを書けばよいのかイメージできません。また、細かな技術や作法の説明が多くて、読んで楽しくありません。

文章力は、繰り返し書く経験を積んではじめて上達するスキルです。技術や作法の説明をいくら読んでも上達しない。デッサンや楽器の演奏と一緒です。

「レポートの書き方」という本を書くなら、まず「こんなレポートを書いてみたい」という目標を最初に示すのが良いと考えています。