令和の序文が詠まれた光景

久しぶりにJBPressに記事を書きました。

令和の出典に登場する「蘭」、歌人が見た光景とは?

元号が発表されるとすぐに、twitterではいろいろな情報が流れ、蘭亭序との関連や、張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」という先例が指摘され、「やっぱり漢籍じゃないか」という意見も出ました。しかし「蘭」とは何か、「珮」とは何かを誰も気にしていないようでした。

私は中学時代に植物が好きになり、週末は植物採集に明け暮れる生活をしていました。そのころ、ヒヨドリバナに、ブナ林に生える小型のものと、路傍に生える大型のものがあることに気づきました。前者が2倍体の有性型、後者が倍数体の無性型だとわかったのは、私が大学院生として研究をはじめてからでした。このいきさつは、『花の性ーその進化を探る』に書いたので、JBPressの記事でヒヨドリバナやフジバカマに興味を持たれた方はぜひご一読ください。

植物好きの人の間では、万葉集に興味を持つ人が少なくありません。私も自然に万葉集に興味を持ち、中学以来、万葉集の歌に親しんできました。したがって、今回、万葉集を典拠として新元号が決まり、その影響で万葉集関連の著作がブレークしていることをとても喜んでいます。

その私から見ると、「万葉集からとった」「いや漢籍にオリジナルがある」という論争は、不毛に思えます。まず、出典となった万葉集の序文や、張衡の「帰田賦」をしっかり読んでみましょうよ。その思いで記事を書きました。

張衡はとんでもない天才ですよ。レオナルド・ダビンチみたいなマルチタレント。しかし、「仲春令月、時和気清」に続く、「原隰鬱茂、百草滋榮」(湿原は繁茂し、百草はよく成長している)は、私には不満ですね。「百草」で一緒にせんといてや、って感じです。彼はナチュラリストではなかったのでしょうね。

張衡の詩に比べて、「初春の令月にして 気淑(よ)く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披(ひら)き 蘭は珮(はい)後の香を薫す」の方が、梅と蘭、鏡前の粉と珮後の香の対比があざやかで、私好みです。しかし、この序文が描いている光景を思い描くには、蘭と珮後の香についての理解が必須です。

蘭については、ヒヨドリバナを研究していた経歴から、かなりの知識を持っていました。万葉集にうたわれた「蘭」に関しては、当時の中国での用法、記事に書いた「澤蘭」の正体などから考えて、フジバカマを含むヒヨドリバナ属の植物を指していることは間違いない。記事に書いた情報以外では、日本大百科全書(ニッポニカ)のフジバカマについての解説、が参考になります。湯浅さんが解説されているように、『楚辞』には「蘭草大都似沢菊」(蘭草はだいたい沢菊に似る)、という記述があります。この「蘭」がキク科植物であり、ラン科でないことは明らか。フジバカマは、香草としても薬草としても中国では古くから栽培されており、日本とは違って、中国ではとてもメジャーな植物です。曲水の宴でも行われるフジバカマを使った禊、「佩兰祓禊」を百度で画像検索すると、フジバカマの枝を使ってお祓いをしている写真、がたくさんヒットします。また、「佩兰中药」で検索すれば、フジバカマの花の画像とともに、フジバカマの乾燥させた葉や茎の画像、がたくさんヒットします。この乾燥させた葉や茎を香珮に詰めて、腰から下げてる風習が古くからありました。

」と「」の違いについては、今回、初めて知りました。百度で画像(图片)検索すると、同じような画像がたくさんヒットして、違いがよく理解できませんでした。しかし百度百科で調べてみると、「珮」は「意思是指古代的一种玉质装饰物」と説明されており、玉(ぎょく)で作られた装飾物全般を指す表現です。玉で作られた容器も、「珮」と呼ばれます。これに対して「佩」は同じ読みですが、「本意是指系在衣带上的装饰品;也指把徽章、符号、手枪等戴在或挂在胸前、臂上、肩上或腰间」と説明されています。つまり、胸であれ腰であれ、衣類につけた装飾品が「佩」です。フジバカマを佩草と呼ぶのは、香珮を腰から下げる場合に加えて、フジバカマの乾いた枝自体を腰などに身に着けていたことに由来しているのではないかと考えています。蚊取り線香代わりだったというアイデアを記事に書きましたが、これは私のオリジナル仮説です。この点に関しては、まだ調査中ですが、春秋時代などの古い「珮」の形態を見ると、この仮説はかなり有力だろうと考えています。

さて、万葉集。梅すらまだ珍しい花だったころに、中国からもたらされた漢詩の知識をベースにしながら、五七五七七のリズムで和歌が詠まれた。そして、中国の『文選』のような歌集を編むプロジェクトが始まり、万葉仮名という発明がなされ、ついに完成したのが万葉集。いくつもの特色がありますが、そのひとつは多くの植物が歌われていることでしょう。万葉人には、ナチュラリストが多かった。

フジバカマのほかにも、万葉の植物について書きたい話題はいろいろありますが、それはまた別の機会に。