「大学生に読んでほしいレポート」をさらに改訂してみた

先日紹介した新田さんのレポートはとてもよく書けていますが、大学生の授業レポートとしては課題もあります。そこで、「レポートの書き方」の注意点を解説するための実例として、改訂版を用意しました。

「遠くからはこんもりと緑色にしか見えない森林だが、近づくと違った色が見えてくる。アラカシの葉は艶やかな濃い緑、コナラの葉は爽やかな淡い緑だ。アカメガシワの新葉はその名のとおり鮮やかに赤い。森の中に一歩足を踏み入れると、そこは別世界である。腰を低くして地面に目をやると、落ち葉の上を奇妙な虫が歩いている。豆粒のような体に細い針金のような8本脚を持つザトウムシだ。ドングリの実のそばで、小さな白いキノコをみつけてうれしくなる。森林には、かくも多くの生物が暮らしており、しかもこれらの生物の間には、食べるー食べられる、落ち葉を分解して栄養素を作る、などさまざまな関係がある。これらの生き物たちの四季による変化も私たちを楽しませてくれる。森林は多様性そのものである。

 日本は多様な森林をもつ国である。日本列島は南北に細長く、山国であり、雨量が多い。このような気候や地形の違いを反映して、実に様々な森林が見られる。また、昔から人がどのように利用してきたかによっても、森林の性質は違うものになる。九大移転地周辺の森林は、常緑広葉樹林・落葉広葉樹林・スギやヒノキの植林と田畑や草地が入り組んだ、いわゆる里山の森である。それは、人々の生活に必要な薪や食料を生み出すだけでなく、水を保ち、小川を潤し、土砂流出防止にも役立ってきた森林である。森と水辺を行き来するニホンアカガエルやイシガメなどの多くの動物を育くんできた森でもある。

 近年、熱帯林の減少が地球温暖化を加速させている要因として社会の注目を集めているが、森林減少は熱帯林のみの問題ではない。日本においても、都市に隣接する里山の森林は、都市開発の拡大とともに、減少し続けてきた。このような森林減少のため、絶滅の危機に瀕している生物は少なくない。九大移転予定地でも、造成工事は森林の消失をともなう。生物多様性保全ゾーン整備基本計画によれば、用地内の32%を占めている森林(広葉樹林、針葉樹植林)の面積は14%に減少する。このような森林の減少は、種の絶滅をもたらしかねない。もちろん森林が減れば、森林に貯蔵されていた二酸化炭素が大気へと放出される。森林を失うことは深刻な問題であり、何らかの対策が必要とされる。

 そこで、九大移転予定地では「森林面積を減らさない」ことを目標に掲げ、造成法面や果樹園跡地に樹木を移植し、森林面積を回復させる保全事業が行なわれている。しかし、樹木を移植し、森林面積を確保すれば、森林の多様性は守られるのだろうか? 森林面積が確保されても、限られた種しか移植されなければ、多様性は大きく損なわれるはずだ。この課題に応えるために、九大の保全事業では三つの移植方法が工夫されている。そのうち一つは、森林をブロックに切り取って土壌ごと移植するという、世界でも例のない方法だ。ここでは、3つの方法による森林移植の現状を紹介し、移植地の林床回復について、課題と具体的な対策を考えよう。」

 改訂の大きなポイントは3つあります。ひとつは、アラカシ、コナラ、ザトウムシ、ニホンアカガエルなどの生物名を入れたこと。大学のレポートを書くうえでは、このような具体性を重視してください。エッセイとしては、新田さんの文章は十分に魅力的です。しかし、大学で学生に求めているのは、エッセイではありません。事実にもとづいて、具体的に状況や対象を説明した文章を求めています。

 森林は樹木から成り立っています。そこでまず、遠くから近づいて見えてくる樹木の種の違いを描写しました。そのうえで、森の中に入り、動物(ザトウムシ)に目を向ける、という流れで書きました。このように、ジャンプせずに順序だてて説明することは、レポートを書くうえで、基本的な作法です。

 森林を理解するうえでは、「森林」という概念だけでなく、そこに暮らす生物種についての具体的な知識をぜひ持ってください。伊都キャンパスの森林であれば、優先種のアラカシやアカメガシワくらいはぜひ知っておきたい。ニホンアカガエルカスミサンショウウオの成体が、水中ではなく森で暮らしていることも知ってほしい。このような知識を身に着けるうえで、いつも具体的に考える訓練をしましょう。

 「小さな虫」は、概念ですね。虫好きの小学生に「小さな虫」と説明すれば、「小さな虫って、どんな虫?」という質問が返ってくるのではないでしょうか。文章を書くときには、小中学生に教えるつもりで書く意識を持つことをお勧めします。「教えるように書く」・・・これは、わかりやすく、リアリティのある文章を書くうえでとても大切な姿勢です。

 上記の改訂版では、ザトウムシという生物名を書いて、「豆粒のような体に細い針金のような8本脚を持つザトウムシ」という具体的な記述を加えました。このように、名前を知り、形態を観察し、より具体的に理解することが大切です。レポートを書くという作業は、このように、対象について具体的に理解を深める作業なのです。これは、生物が対象の場合だけでなく、物理現象、化学反応、歴史や文化、地理などを対象にする場合も同様です。ファクトにもとづいてリアリティを追求しましょう。

 第2のポイントは、「しかし、樹木を移植し、森林面積を確保すれば、森林の多様性は守られるのだろうか?」という疑問文(クエスチョン)を加筆したことです。大学でみなさんにとくに学んでほしいものは、問いを立て、それに答えるスキルです。レポートを書くうえでは、必ず「問い」を立てましょう。

 「九大の保全事業で行われている三つの移植の現状を紹介し、移植地の林床回復について、課題と具体的な対策を考えよう」(新田さんの原文)という文章を読んでも、私たちの脳内で疑問は提起されないので、ただなんとなく、読んでしまいます。

 「しかし、樹木を移植し、森林面積を確保すれば、森林の多様性は守られるのだろうか?」と問いかけられると、私たちの脳は、問いに答えようとします。その結果、思考が活発になるのです。一般的な問いだけでなく、さらに具体的な問いを続けると、思考がさらに活発になります。たとえば、「土壌ごと移植するという、世界でも例のない方法だ」に続けて、「土壌ごと移植することは、多様性を守るうえでどのくらい効果があるのだろうか?」と書けば、「どのくらいか」が気になりますね。

 科学とは、問いをたてて、その問いに答える行為です。レポートを書く際に、問いをたてて、それに答える形で文章を書く訓練を積むことで、科学的な思考力が身に付きます。

 第3のポイントは、「生物多様性保全ゾーン整備基本計画によれば、用地内の32%を占めている森林(広葉樹林、針葉樹植林)の面積は14%に減少する」という記述を第4段落から第3段落に移したことです。この文章は、第3段落での「九大移転予定地でも、造成工事は森林の消失をともなう」という指摘をより具体的に説明したものです。このように、関連している内容は、遠くに離さずに続けて説明しましょう。

※このような解説を、少しづつ書き溜めて、「レポートの書き方」のテキストを作りたいと思います。